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厚木基地「302空」第1飛行隊指揮所  2014/09/02


今回の雷電Tシャツでは重要なデザイン要素となった302空・第1飛行隊指揮所ですが、
主に下の画像などを参考にして描かせていただきました。

厚木基地「302空」第1飛行隊指揮所の画像



さて、下の画像をご覧ください。

米軍進出直後の厚木基地指揮所

マッカーサー元帥 厚木進出の2日前、
昭和20年8月28日に撮影された旧・第1飛行隊指揮所です。

当時の厚木基地にお詳しい『海軍倶楽部』 Nさんの解説によりますと・・・
同日朝、沖縄より飛来した米軍先遣隊によって旧指揮所は数時間の内に改造され、
通信隊はハンディトーキーと上空を旋回する機を中継して、直ちに沖縄との通信を開始したとのこと。
※ 因みに、この厚木基地は日本初の航空管制を行った所だそうです。

誠に悔しいですが・・・米軍恐るべし。
沖縄戦時も輸血用「冷凍血液」を大量に積んだ船舶を多数待機させていましたし、
今更ながら米軍の技術力・組織力には驚かざるを得ないですね。



局地戦闘機「雷電」302空Tシャツ

『源田の剣』 改訂増補版、発売中  2014/09/08


昨日、京都市内で催された「源田の剣 再刊をお祝いする会」に縁あって参加させていただきました。

著者の高木晃治(たかぎ こうじ)さまを含め総勢9名の集いでしたが、
昭和30年代以降の海軍戦闘機ブームの中で生じた素朴な疑問と『源田の剣』に込められた真実追求への想い、
共著者である日系三世の戦史研究家・ヘンリー境田(さかいだ)さんのお人柄、そして今回増補改訂に至った経緯
などなど・・・興味深いお話をたくさん聞かせていただきました。

ところで、『源田の剣』という著作をあまりご存知ない方もいらっしゃると思いますので、簡単に説明したいのですが・・・
永年に渡る膨大な調査・取材活動の一端をお聞きした後では、私ごときが「説明する」などおこがましい限りです。
が、思い切って! 私なりに簡潔に表現させていただきます。

「343空(2代・剣部隊)の作戦行動すべてを
日米両面から正確・公正に検証した貴重な戦史資料」


「決定版」などといった俗語では決して表現し得ない重みをもつ同著作ですが、
これでよろしいのではないでしょうか。

宣伝するつもりは無いのですが、343空や紫電改にご興味のある方は是非ご一読をお勧めいたします。
なぜなら、そこには膨大な調査・検証を経て明らかになった、
剣部隊搭乗員たち、彼らと戦った米軍パイロットたち、双方の真実が記されているからです。

「源田の剣」改訂増補版、発売される
▲ 右 : 2003年初版 『 源田の剣 米軍が見た紫電改戦闘機隊 』 (ネコ・パブリッシング)
  左 : 増補改訂版 『 源田の剣 米軍が見た紫電改戦闘機隊 全記録 』 (双葉社)
改訂増補版ではタイトルに「全記録」が加えられた。共著者の並びが入れ替わっていることにも深い意味があります。



さて、今回の改訂増補版にあたり、個人的に気になっていたことの一つに松山基地見取り図がありました。
実は、既存Tシャツ「松山基地上空大空戦!紫電21型(紫電改)vs グラマン F6F ヘルキャット 」における
松山基地デザインは、初版「源田の剣」82頁に掲載されていた「松山飛行場図」を参考にさせていただいておりまして、
従ってこれが大きく変わると困るのです(^^;

結果、主な変更は以下3点でしたが、
取りあえずデザイン的に緊急変更を要するレベルではないと判断いたしました。

滑走路の形状が若干変わる(南西方向、つまり山側へ少し伸長)
滑走路沿いに建つ格納庫6棟の配置が変わる
予科練兵舎の向きが南北から東西へ変更

ここで詳細は書きませんが、
それぞれの変更理由を実直丁寧に解説してくださった(!)高木さんには感謝と尊敬の念しかありません m(_ _)m


局地戦闘機「雷電」Tシャツ 制作報告(5)  2014/09/10


本日、印刷所で雷電Tシャツの初回色校正(試し刷り)をチェックしてきました。

空(そら)の再現がかなり難しいので内心恐れていたのですが・・・
そこは4年に渡り当店の「面倒なデザイン」?を再現し続ける某印刷所さま、わかっていらっしゃる(^^

ナチュラル、ディープブラックともに想像以上の出来で、
全体としては狙い通りの「世界」がよく再現できております。

が、細部に目をやると、やはり微妙に気になる点が4か所ほど・・・。
これら繊細な調整ポイントの修正方法を担当者と打ち合わせした結果、
再校正にて最終チェックを行うこととなりました。


▲ ナチュラル 前面

▲ ナチュラル 背面

▲ ディープブラック 前面

▲ ディープブラック 背面



最終校正の結果如何ではありますが、発売は9月末~10月初旬の予定です。
ご期待いただければ幸いでございます m(_ _)m





局地戦闘機「雷電」302空Tシャツ

97艦攻 「南太平洋海戦」 雷撃Tシャツ、補充しました  2014/09/17


本日、品切れとなっておりましたサイズ「L」「XL」および「XXL」を追加補充いたしました。

お蔭様で2012年7月の販売開始以来、今回で4度目の追加制作となります。
累計販売枚数当店トップのこの作品、零細個人事業の存続を支えている?といっても過言ではありません。
お買い上げいただいた皆様には心より御礼申し上げます m(_ _)m


97艦攻「南太平洋海戦」雷撃Tシャツ




さて、同Tシャツのモチーフとさせていただきました“雷撃の神様”村田重治大佐ですが、
周囲に笑いをふりまく“ジョーク好き”であったとも伝えられています。

ただ、伝記小説『海軍魂』(山本悌一朗)を読むとなんとなく分かるのですが、
大佐はもともと「茶目な人」ではありましたが、本質は生真面目なところがあり、
皆の緊張をほぐす為にワザと大げさに笑いを振りまいていた?という側面もあったのではないでしょうか。

特にミッドウェイ海戦(MI作戦)の後は、皆がそうであったように
「MIの仇を討ってやる」という悲壮な決意を胸に秘めていたはずです。
そして迎えた南太平洋海戦、多くの搭乗員と共に還らぬ人となったのでした。

それはさて置き・・・今日は様々な場面で発せられた村田大佐のユーモア発言を集めてみました
上記『海軍魂』のほか、真珠湾作戦以来の上官であり、これらジョークを直接見聞きしたと思われる
源田實大佐と淵田美津雄大佐の著書『海軍航空隊始末記』『真珠湾攻撃』などに登場するエピソードです。



■ 「指令、まことにお気の毒でございます」

いつも長靴を履いていた12空指令・三木森彦大佐の「水虫」を心配?して


■ 「淵田さん、元の仕事にもどされて、お気の毒です」
  「オヤジさん、飛行隊長二度のつとめは楽じゃないですな」

昭和16年9月、2度目の赤城飛行隊長として赴任した淵田少佐を気遣う?挨拶


■ 「えっ!じゃキンメルがですね、朝食のコーヒーカップを、
  こういうふうに半分持ち上げたところに、どかんとやらなければならんのですね。
  こりゃ困った。参謀、楽じゃないですよ」

昭和16年11月末頃、真珠湾へ向かう赤城艦内で、
源田参謀の"長官室の真下に魚雷を打ち込め"との叱咤激励に応えて


■ 昭和17年1月、ラバウル方面に移動中の空母赤城での源田航空参謀とのやりとり

村田 「航空参謀、アメリカの軍法会議の話を知っていますか?
源田 「いや、知らんよ。どうしたのだ」
村田 「はぁ、そうですか。では教えましょう。なんでも、キンメルが法廷に呼び出されたそうです
源田 「ほう、それで?」
村田 「ところが、あんまりあわてていたもので、前をよくしめていなかったらしいんです
源田 「・・・・・・」
村田 「そこで裁判長が注意しました。キン見ゆるぞと
源田 「なに!」
村田 「キンメルも負けていなかったようです。
    さっそく、でも帯が解けている(ルーズベルト)のよりよいでしょうと

源田 「馬鹿野郎!」


■ インド洋作戦時、搭乗員たちと雑談中に源田参謀に対して

村田 「明日はお客さん沢山おいでになりますから、
     あなた方はゆっくり、お客さん御馳走でも喰っていてください。
     私たちはなるべく早く発艦し、着艦にはまた、謙譲の美徳を発揮して、敵機が帰ってから着くことに
     しますから

源田 「ひどい奴だ」

赤城飛行隊長、村田重治少佐

村田重治大佐、いろいろな意味で忘れがたいお方です。


空母瑞鶴メモリアルTシャツ改 制作報告(1)  2014/09/18


本年7月に「瑞鶴メモリアルTシャツ」を販売終了とさせていただきましたが、
先週より、前作に続く第2弾「瑞鶴メモリアルTシャツ 改」のデザイン作業に入っております。


「改」の基本構想は以下の2点です。

① 好評だった前作の「艦橋シルエット」をさらにデザインアップして背面へ移す
② 前面には新たなデザインを作成する


現在は ② の新たな前面デザインを制作中ですが、
これに当っては幾つかの目標を設定して作業しております。

■ ワンポイント的
  
前面が「重く」ならないよう、出来る限りワンポイント的なデザインを心掛ける。

■ 立体的デザイン
  
艦橋部分を拡大した背面デザインに対し、前面では瑞鶴の全体像をデザインする。
  ただし空母の場合、横方向からの描画では“単なる平べったい艦艇”と化してしまうため、
  あえて正面側からのアングルに挑戦する。

■ 戦闘艦としてのイメージ
  
搭載機、発艦機、防空装備など、空母本来の「戦闘機能」を表現する。

■ 最後の姿を
  
最後の戦いとなったエンガノ岬沖海戦時の「瑞鶴」の姿を
  艦体・飛行甲板迷彩などを含め、可能な限り忠実に再現する。


現在は50%ほどの進捗状況、下の様な絵を描いております。
かなりデフォルメしておりますが、ワンポイント的デザインとしては・・・ギリギリの精度ですね。
これに発艦機(653空・零戦52型)などを加えていく予定ですが、果たしてどうなることやら(^^;

瑞鶴Tシャツ(改)前面デザイン制作中


XLサイズを追加しました~「343空・紫電改 / 戦闘407 vs B-29」Tシャツ  2014/09/19


本日、予てよりご要望をいただいておりましたサイズ「XL」を新設させていただきました。

343空紫電改戦闘407



最近、『源田の剣』著者・高木晃治さまを囲む「再版をお祝いする会」に参加させていただいたことなどもありまして、
またまた紫電改への興味が湧き起りつつあります。


私にとって「戦闘407」でまず想起されるのは、やはり初代飛行隊長・林喜重少佐ですね。
隊長の戦没地、鹿児島県阿久根市にある慰霊碑は最寄駅(肥薩おれんじ鉄道「折口」駅)から徒歩約15分、
天気が良ければなかなか爽やかな散策コースだと思います。

林喜重隊長慰霊碑の地図

戦闘407」林喜重隊長 慰霊碑訪問報告

「雷電」Tシャツ 制作報告(6) 発売は10月7日です  2014/09/25


先日最終校正が無事終了、現在は印刷に入っておりますが、
発売は10月7日(火)予定です。


Tシャツカラーはナチュラル、ディープブラックの2色展開。
前面デザインは共通ですが、背面はTシャツカラーによって異なります。
サイズはいつも通りS~XXLまで、販売価格は¥3,960の予定です。
ご期待いただければ幸いでございます。 m(_ _)m



【 ナチュラル バージョン 】 背面・・・厚木基地 302空 雷電隊、昼間出撃イメージ



【 ディープブラック バージョン 】 背面・・・厚木基地 302空 雷電隊、黎明(明け方)出撃イメージ





局地戦闘機「雷電」302空Tシャツ

空母瑞鶴メモリアルTシャツ改 制作報告(2) 漂流中  2014/09/27


先日の制作報告(1)にてご紹介させていただきました前面デザインですが、
その後作業を進めるうちにみるみる肥大化(マニアック化)してしまいまして・・・
もはや「ワンポイント」では収まらない代物へと変貌しつつあります。

瑞鶴Tシャツデザイン中

▲ 「瑞鶴」最後の戦い、エンガノ岬沖海戦(19年10月24~25日)で敵空母攻撃に発艦する「653空」零戦52型
  囮(おとり)部隊として参加した空母4隻(瑞鶴、瑞鳳、千歳、千代田)はこの海戦ですべて失われ、日本海軍
  機動部隊は終焉を迎えることとなった。



う~~~ん
どう考えても前面には重すぎ、かつ細かすぎるこの絵柄、いかに活用するべきか?

悩んだ結果、
当初の基本構想をアッサリ変更し、背面デザインを2タイプとする方向で考えることにいたしました。
これは雷電Tシャツと同じ発想なのですが、どうも引き出しが少なくていけませんね。
前面には「Z旗」をモチーフとした新しいデザインを制作中です。

なにを言ってるのかさっぱりわからん? ・・・ ですよね(^^;
絵にしますと以下のような展開イメージとなります。



【 前 面 】
共通デザイン「Z旗」

【 背 面 タイプ1 】
黎明艦橋シルエット

【 背 面 タイプ2 】
最後の戦い、攻撃隊発艦


来週中にデザインを完成させ、11月の発売を目指します。
制作予算との相談になりますが ( ̄ェ ̄;) 「長袖タイプ」もぜひ創りたいですね。


雷電Tシャツ、発売を開始しました  2014/10/07


昨日10月7日より 局地戦闘機「雷電」302空Tシャツ の販売を開始させていただきました。

半袖の季節はとっくに終わっておりますので、長袖も制作したかったのですが・・・
なんとも虚しい予算不足により、今回は半袖のみのリリースとなります。


局地戦闘機「雷電」302空Tシャツ


年内には長袖も追加制作する予定ですので、ご検討いただければ幸いでございます m(_ _)m



【 302空の記号「ヨD」の「D」とは?】

さて、
今回のモチーフとなった帝都防空戦闘機隊「第302海軍航空隊」( さんまるふたくう)ですが
皆様ご存知の通り、部隊記号は有名な「ヨD」ですね。

「ヨ」横須賀鎮守府直属を示しているのですが、
では、「D」にはどのような意味があるのでしょうか?
私は最近ある方から教えていただくまで知りませんでした (^^;

302空の記号「ヨD」

その答えは・・・

302空は横須賀鎮守府で4番目に任命された航空部隊ということで
アルファベット4番目の文字「D」を使った、とのことです。

そこでちょっと調べてみましたところ、
横鎮所属航空隊の記号は以下の通りでした。※( )内は開隊年月と場所

□ 横須賀空 (大正5年 追浜) 記号「ヨ」
① 館 山 空 (昭和05年06月 館  山) 記号 「タ」
② 木更津空 (昭和11年04月 木更津) 記号 「キ」
③ 301空   (昭和18年11月 追  浜) 記号 「ヨC」
④ 302空   (昭和19年03月 木更津) 記号 「ヨD」

昭和19年3月から順次導入された「特設飛行隊制」により、
301空は戦闘601となり、記号からカタカナの「ヨ」が消えました。
しかし、302空は鎮守府直属の局地防空専任部隊だったためか(?)
この制度は適用されず、終戦まで「ヨD」を使い続けています。

302空以降、横鎮直属の防空専任部隊は編成されなかったようですが
もし存在していたら、その記号は必然的に左右対称の「ヨE」となるわけで・・・
米軍は面食らったでしょうね(^^

ありがとうとうございました  2014/10/12

ここ一週間のあいだに、二人のお客さまから相次いで書籍が届きました。
いずれも「デザインの参考に!」とのことで、本当に感謝しております。
が、プレッシャーに弱い小心者の私は・・・すでに相当ビビッております ((((;゚Д゚))))

ということで今回は感謝を込めて、いただきもの書籍のご紹介です。



「写真史」302空 / 渡辺洋二・全解説
航空ファン イラストレイテッド 97-10
(1997年 文林堂)

こんな貴重なものをいただけるとは!実はず~っと探していた写真集なのです。

当時の厚木基地の様子はもちろん、雷電、零夜戦、月光、銀河、彗星、彩雲など、私が今まで目にしたことのない写真がてんこ盛りのうえ、搭乗員の写真も驚くほど多い。しかも全写真、渡辺洋二さんの詳細解説付き。「凄い」の一言です。

あの“辣腕”赤松貞明少尉が「302空 笠ノ原派遣隊」の一員として派遣された鹿児島で、防空壕避難の際に後続者にのしかかられて肋骨を骨折していたとは知りませんでした。




「日本軍傑作機 3DCGアーカイブ」
(2014年 双葉社)

流行りのCGものですが、最近のは精度が凄いですねぇ。

構図的には大いに参考になりそうですが、これらはあくまで「CG再現」であって「デザイン」ではない・・・などと自分に言い聞かせております(^^;




ここまでは「いただきもの」ですが、ご紹介ついでに新刊雑誌をもう一つ。


歴史発見
[完全保存版]日本人なら知っておきたい帝國海軍

(学研・2014年7月)

これまた流行りの「完全保存版」ものですが、日本海軍の歴史、組織、戦略、
軍備などを幅広くカバーしながらも、海軍兵学校試験問題や艦艇の厠(トイレ)
再現イラストなど、妙に細かい部分?まで掘り下げているのが特徴ですね。

そして何といっても、
綴じ込み付録「海軍志願兵徴募」ポスター復刻版が素晴らしい ♪
早速部屋に飾っております。



▲ 大東亜戦争中のポスター復刻版 ※ モチーフは高雄型巡洋艦と一式陸攻

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