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四式戦「はやて(疾風)」Tシャツ デザイン報告 その(5)  2017/03/09

背面デザイン、ほぼ完成いたしました。

問題の"回転するプロペラ"ですが、やはり大苦戦いたしました。なかなかうまく描けず、最悪ペラ無しも考えましたが・・・なんとか形になった?と思います。( ̄ェ ̄;)


四式戦闘機「はやて(疾風)」Tシャツの背面デザイン

▲ レイテ湾を埋め尽くす米艦船群も描きたかったのですが、構図が崩れてしまうため数隻にとどめました。レイテ方面の戦闘は地上戦も含めてあまり知られていないようなので、タクロバン、レイテ島、サマール島など要所のみ名称を入れおります。

昭和19年10月上旬、飛行第51戦隊は52戦隊とともにルソン島(ポーラック)へ進出しましたが、米機動部隊艦載機群と戦闘を重ね、10月24日の「第一次レイテ総攻撃」時には可動機7機にまで消耗していました。それでも52戦隊とともにネグロス島サラビアに進出、連日レイテ方面への出撃を繰り返しますが、11月に入るとB-24、P-38によるサラビア基地への空襲が激化し、航空隊としての戦力は急速に失われていきます。そして船団護衛に出た11月12日、F6F群との戦闘によってついに51戦隊の可動機はゼロとなったのでした。11月下旬再建のため内地へ帰還。生存操縦者は10名ほどでした。

11月3日の邀撃戦でP-38撃墜2機を記録した常深(つねみ)不二夫准尉は手記の中でレイテ航空戦について次のように述懐しています。
『 一日一日、自分が生きていることがふしぎなくらいであった。逐次増大する敵飛行機にたいして、友軍機は日一日と戦死者がふえていった。』 ※ 「陸軍戦闘機隊の攻防」(黒江保彦ほか、光人社NF文庫、282頁)

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