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4空、三沢空のガダルカナル雷撃について  2015/07/18


一式陸攻Tシャツ のデザインテーマとして取り上げた昭和17年8月8日の「4空」「三沢空」中攻隊によるガダルカナル雷撃ですが、その戦闘はどのようなものだったのでしょうか?現在読むことのできる戦史刊行物や搭乗員手記などの情報を元に、その概要をまとめてみました。


■ 昭和17年8月7日、ガダルカナル島争奪戦勃発

8月7日未明、“ 米軍、ガダルカナル島およびフロリダ諸島ツラギに上陸 ”の急報を受けた第11航空艦隊(陸上航空隊統括、司令部サイパン)は即座に反撃を決定。当日ニューギニア・ラビ飛行場爆撃のため準備していた攻撃隊(4空:一式陸攻27機、台南空:零戦18機)を急遽ガ島攻撃に向かわせるとともに、サイパンにあった「三沢空」陸攻隊にラバウル進出を命じます。このとき、在ラバウルの可動航空兵力は「4空」一式陸攻27機、「台南空」零戦約20機と「2空」の九九艦爆9機 があるだけでした。

ラバウルでは0806、陸用爆弾を通常爆弾(対艦攻撃用)に積み替えた「4空」一式陸攻27機がブナカナウ飛行場を発進、「台南空」零戦隊17機とともにガ島周辺の敵艦船群を目指しました。1116、ツラギ上空に侵入した陸攻隊は米艦船群を爆撃しましたが戦果は無く、レーダー索敵によって待ち構えていたF4F群(空母「サラトガ」「エンタープライズ」)の邀撃と護衛艦の対空砲火によって4機が撃墜されます。さらに帰還時に2機が不時着大破し、陸攻隊は計6機を喪失することとなりました。「台南空」零戦隊は2機が未帰還となっています。( ※ 坂井三郎一飛曹は重傷を負いながらもラバウルに帰投しました。)夕刻、「三沢空」先発隊(第2中隊・一式陸攻9機)がブナカナウ飛行場に到着、翌朝の魚雷攻撃が下令されます。


■ 8月8日

「4空」「三沢空」の一式陸攻27機(すべて雷装)が「台南空」零戦隊とともにガ島攻撃に向かいます。

「4  空」 2個中隊 一式陸攻 18機 (雷装)
「三沢空」 第2中隊 一式陸攻  9機 (雷装)
「台南空」         零  戦 15機

ソロモン諸島地図

 0530 : ブナカナウ飛行場 発進開始 

● 「4空」の1機、離陸時に尾輪を折損して出撃取りやめ。
● 「4空」の1機、合同できず引き返す。さらに故障により「4空」2機が引き返し、陸攻隊は23機での進撃となる。

● ブーゲンビル島の沿岸監視員(コースト・ウォッチャー)が日本機編隊の機数、進路、高度を米軍に打電。
  これを受け、ガ島周辺の米艦船は直ちに警戒警報を発令。

● 米艦艇レーダーの不調に助けられ、攻撃隊は抵抗を受けることなくツラギへ接近。
● F4Fの邀撃で4機を失うも、他機はルンガ沖の輸送船群に対して雷撃体勢に入る。

 0950 : 突撃下令

米護衛艦艇群(ケリー・ターナー少将指揮)の熾烈な対空砲火の中、低空雷撃を敢行。

昭和17年8月8日、三沢空、4空によるガダルカナル雷撃
▲ この日の攻撃は複数の米艦艇から撮影されており、高度10mを切る低空雷撃が行われていたことが判ります。

● 対空砲火で約8機が矢継ぎ早に撃墜される。
● 魚雷投下できたのは2〜3機ほど。
● 「4空」の1機、尾輪を海面に引きずって着水。
● 「4空」の1機、魚雷投下後、旋回退避の際に右翼で海面を打って水没。
● 駆逐艦「ジャービス」に魚雷1本命中、大破させる。
● 輸送艦「ジョージ・エリオット」に魚雷1本命中、船体放棄に追い込む。
  ※「4空」第2中隊・佐々木孝文中尉機が体当りしたとの記述もある。
● 攻撃終了後、F4Fの追撃を受けてさらに4機が撃墜される。

ラバウルに帰還できた陸攻は「4空」3機、「三沢空」2機の5機のみ。( 別に「三沢空」1機が不時着大破したが搭乗員は救助された ) 攻撃参加した陸攻23機中、実に18機、搭乗員125名を一挙に失う大損害 を被ったのです。一方、帰還した陸攻隊の報告により驚くべき大戦果( 撃沈:重巡2、駆逐艦2、輸送船10、 撃破:重巡2、輸送船1)が判定されますが、実際の米側損害は駆逐艦、輸送船各1隻が大破したにとどまっています。

以降、ソロモン方面には「木更津空」「千歳空」「鹿屋空」「高雄空」など一式陸攻部隊が続々と増援進出しますが、
「陸攻の墓場」と例えられた苛酷な消耗戦が続くのでした。



米艦艇対空砲火の凄まじさ
は搭乗員などの手記などからも覗い知ることが出来ます。
勇敢に戦った中攻隊員の方々には、ただただ頭が下がるのみ。

 
 ■ 8月8日の雷撃をガ島から目撃した海軍航空参謀 三井謙二中佐

「 戦果はなかったが、あれだけの砲火のなかを突入する、身を捨てての奮戦は、陸軍の連中を感激させ、
その士気に与えた影響は大きい。」

 ■ 8月9日のガ島爆撃に同行した台南空の報告

「 椰子林のような弾幕の中に、陸攻隊はシレッとして突っ込んでいった。」

 ■ 11月12日、ルンガ泊地白昼雷撃を指揮した705空(旧・三沢空)飛行隊長 中村友男少佐

「高度計はすでに二十メートルをさし、うしろをふりむいてみると、一面赤褐色の弾幕で雲海のようである。
この中からスイスイと列機が頭を出してくる。」




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【 主な参考文献 】

● 『 一式陸攻戦史 』(佐藤暢彦、2015年、潮書房光人社)
● 『 ヨーイ、テーッ!海軍中攻隊 かく戦えり 』(中攻会編、2005年、文藝春秋)
● 「丸」エキストラ 戦史と旅特集「ラバウル航空隊」(平成8年)
● 「丸」別冊「ソロモンの死闘」(昭和63年)
● オスプレイ軍用機シリーズ26「太平洋戦争の三菱一式陸上攻撃機 部隊と戦歴」(2002年、大日本絵画)
● 世界の傑作機「1式陸上攻撃機」(平成8年、文林堂)
● 歴史群像 太平洋戦史シリーズ42「帝国海軍 一式陸攻」(2003年、学研)
● 『南方作戦の銀翼たち』第二巻(秋本実、平成6年、グリーンアロー出版社)
● 国立公文書館「アジア歴史資料センター」/「4空」「三沢空」各飛行機隊行動調書

  などなど

一式陸攻Tシャツ背面イメージ

一式陸攻 ガダルカナル雷撃Tシャツ

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