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うれしい話  2012/05/27

前回日記にて、「三四三空」戦闘四〇七初代飛行隊長、林喜重少佐の慰霊碑について書かせていただきましたが、
先週あるお客様から嬉しいmailをいただきました。

なんと私の日記をご参考にされ、慰霊碑にお参りに行かれたとのこと。
許可をいただきましたので、以下にその一部をご紹介させていただきます。


『 私も5月6日に同所に初めて参りました。
 あの手前グランドでは、ミニサッカーが行われており、子供たちの元気な声が・・・
 書かれておられましたように、お墓の周りはとても整然とし、
 生花がまだみずみずしいままで残っておりました。
 林大尉もあの場所は、子供らの声、平和の中での、皆の日常を喜ばれておられるかもなあ〜と思いつつ、
 頭を下げさせていただいたことでした。
 砂浜に降りて、30分程、墜落された海を眺めて降りました。
 友人に場所を説明する時に、長部様の写真・地図付ブログ記事は大変に重宝しそうです。
 鹿児島の遠方までいらしていただき、またブログ記事紹介、どうもありがとうございました。』


おぉ〜・・・私ごときのブログ記事でもお役に立っていたのですねぇ (´へ`; 感慨


やや手前味噌的(?)で気恥ずかしいのですが・・・

先月私がお参りさせていただいた時、「絶対にやろう」と心に決めたことが一つありました。
それが「 駅から慰霊碑までのわかり易いオリジナル地図 」の作成だったのです。
私自身が簡単に辿り着くことが出来たのは、まさに先人様方のブログ情報のお蔭でしたから、
感謝の意味も込めまして「それじゃぁ、次は自分が地図を作ろう」と思ったわけですね。

・・・ と、このような個人的経緯もありましたので、このお知らせをいただいただけで もう満足100%でございます。
わざわざご連絡をくださった鹿児島のお客様、本当にありがとうございました。


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さて、次回作品は97艦攻の「雷撃Tシャツ」なのですが、
実は魚雷発射直後における投下器の状態がよくわからず、デザイン段階で少々苦戦しております。

「魚雷を緊縛懸架している抱締索 ( だきしめさく )と呼ばれるワイヤー は、魚雷発射後、
機体側に残存するのか? はたまた魚雷投下と同時に落下廃棄されるのか?」

これが最大かつ唯一の問題なのですが・・・

幾つかの関連著作に見られる解釈と、たまたまネット上でご教授いただくこととなった元97艦攻搭乗員(!)の方よりいただいた情報とが大きく食い違う結果となってしまい、困惑しております。



▲ 「97艦攻」取扱説明書草案に添付されているという写真

九一式航空魚雷中央に見える3本のワイヤーの内、前2本が問題?の「抱締索(だきしめさく)」
今回の件で魚雷についてそれなりに勉強させていただきましたが、当時の超高額精密兵器=魚雷は、その構造からシステムまでまさに精緻を極めた技術の結晶であったことが少し理解できました。製造はもちろん、調整・取付にかかる手間と労力も半端ではなかったようです。


細かいところにこだわるのが「Osabetty's」唯一?の取り得とはいうものの、
もうこれ以上デザインに時間はかけられませんので、そろそろ決断しなければなりません。



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