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343空の初陣、松山上空大空戦


343空「剣」部隊の最も有名な戦闘と言えば、昭和20年3月19日の米海軍・第58機動部隊艦載機群に対する迎撃戦でしょう。これは同航空隊の“デビュー戦”でもあります。この空戦について概要を述べておきましょう。



昭和20年3月19日未明
、四国南方及び九州東方に接近した第58機動部隊・主力空母9隻より戦爆功連合約350機が発艦。豊後水道、四国中央の2方向から呉軍港を目指した。

これを迎え撃ったのが、松山基地に展開する「343航空隊」3個戦闘飛行隊(戦闘701、戦闘407、戦闘301)を中心とした「紫電改」及び「紫電」約60機である。「彩雲」4号機の偵察により敵進路を把握した343空では、0700全機発進を完了し、高空で待ち受ける優位戦の形を作ることに成功する。

343空戦闘マップ

▲ 『 源田の剣 』(旧版) 63頁掲載の地図を元に、細かい情報を書き加えて作成したMAPです。

豊後水道での接敵に始まり、伊予灘、松山上空、四国北西部上空、呉上空まで広範囲に渡る空域で戦闘機戦が繰り広げられ、343空による戦果報告は空戦撃墜52機、地上砲火撃墜5機の計57機撃墜にのぼり、久々の快勝と伝えられた。しかし、実際の米軍損失は飛行機喪失14機(着艦後機体廃棄4機含む)、搭乗員戦死・行方不明8名(捕虜3名含む)であった。

一方、米軍側記録によれば、343空と戦闘したことが確実な6飛行隊の報告戦果合計は撃墜64機にのぼるが、343空の実際の損害は飛行機喪失16機(偵察機「彩雲」1機含む)、搭乗員戦死16名(偵察機「彩雲」の3名含む)である。

空戦につきものの「過大戦果報告」が双方によってなされているが、このことは当空戦がいかに激戦・乱戦であったかを如実に表わしているとも言えるだろう。

また、343空搭乗員の技量の高さもさることながら、統制された編隊戦闘に米海軍パイロット達は少なからず衝撃を受けていたことも間違いないようだ。この日、VBF-17(第17戦闘爆撃飛行隊/空母ホーネット搭載)を率い、グラマンF6Fを駆って戦闘701、407と戦った、エドウィン・S・コナント隊長(大尉)は以下の様に語っている。

『 彼らは巧みに飛行機を操り、甚だしく攻撃的であり、良好な組織性と紀律と空中戦技を誇示していた。
彼らの空戦方法はアメリカ海軍のそれとそっくりだった。
この部隊は、戦闘飛行の訓練と経験をよく積んでいると窺えた 』

同隊の戦闘報告には以下のように記されている。

『 かって経験したことの無い恐るべき反撃を受けた 』



■ 主要参照資料

● 『 海軍航空隊始末記 』源田 實 著(文春文庫)
● 『 源田の剣 米軍が見た「紫電改」戦闘機隊 』 ヘンリー境田・高木晃治 共著(ネコ・パブリッシング、2003年)
● 『 最後の撃墜王 紫電改戦闘機隊長 菅野直の生涯 』碇 義朗 著、光人社NF文庫
● 『 最強戦闘機 紫電改 』 「丸」編集部、2010年
● 『 源田の剣 米軍が見た「紫電改」戦闘機隊 』改訂増補版 高木晃治・ヘンリー境田 共著(双葉社、2014年)

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