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次回作品は、大和と零観です。 2011/01/13

店長日記でお知らせした通り、次は「日本陸軍」の予定でしたが・・・
何がどーなったかわからないうちに?なんと、戦艦大和モチーフになってしまいました (^^;

構図は以下の通りです。

1945年(昭和20年)4月7日、天一号作戦・海上特攻で出撃する第1遊撃部隊の前方対潜哨戒を終え、
バンクしながら大和を見送る零式水上観測機。


海上特攻時の大和を出来る限り正確に描く。
これがひとつの重要ポイントですが、
当時の大和の姿については不明な点が多いようです。



 例えば、昔からよく言われている
楠正成の旗印「非理法権天」(ひりほうけんてん)の幟(のぼり)が掲揚されていたというはなし。
最近の模型でもこの幟が翻っているものがあるようです。
しかし、“最後の大和乗組員”八杉康夫氏によればそのような事実は無かったとのこと。
当時、測的発信手として大和の最も高いところ(主砲射撃塔)にいらっしゃった本人がおっしゃるのだから
まず間違いないと思われますが・・・。どうなんだろうか?

戦艦大和



 また、艦尾の無線アンテナ用・空中線支柱(高さ16m余りの鉄塔)が撤去されていたらしいという事実。
これは米軍撮影の空撮写真等からなんとか確認することが出来ます。
レイテ沖海戦時、自らの対空射撃によってアンテナ線を多数切断してしまった結果、通信力が著しく低下したという
教訓によるものと言われており、代用アンテナ線を前部艦橋から煙突部に渡していたらしいです。

戦艦大和



 さらに、戦闘前、艦尾に軍艦旗(海軍旗)が掲揚されていたかどうか?
これはもう、調べても全然わかりません。Orz
戦闘時には間違いなく降ろされていたとは思われますが。


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さて、いずれにせよ大和を描く以上、
その複雑な構造美の再現が肝要なのですが、
シルクスクリーン印刷でどこまで表現できるのか?
これはこれで、ひとつの勝負です。是非ご期待くださいませ。




戦艦「大和」の沖縄特攻を見送る零式水上観測機 / コットンTシャツ

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