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愛媛零戦搭乗員会   2015/12/16


去る土日、「愛媛零戦搭乗員会」参加のため、四国松山は道後温泉へ一泊二日で出掛けてまいりました。

愛媛の会は初参加につき緊張していたのですが・・・見渡すと知ったお顔、どこかでお会いした方が結構いらっしゃる。
旧海軍の方7名、ご親族さま、戦史研究家、搭乗員研究家、海軍航空隊愛好家などなど約50名が集まる盛会でした。1830スタートの宴会では色々な方としゃべっている内にあっという間に「お開き」の2100に。その後も各部屋へ場所を移し、深夜まで戦史談義が続きました。

私の場合、「零戦搭乗員会」は毎回勉強させていただくとともに、いろいろな意味で驚異的?な方々と会える貴重な場なのです。多すぎてすべては書けませんが、今回の私的トピックスは以下のような感じでした。


■ 同会会長・北沖さま(操練53期!)の95歳とは思えない矍鑠(かくしゃく)たるお姿に驚嘆。
■ 「三沢空」一式陸攻偵察員 天野さま(94歳)と1カ月ぶりに再会。相変わらずお元気そうで嬉しい限りです。
■ 343空「偵4」杉野さまから、当時の松山基地滑走路の様子や掩体壕保存の話など教えていただきました。
■ 343空「戦闘301」近堂さまより、宮崎勇少尉(2012年他界)の思い出話を聞かせていただきました。
■ 桜花特攻戦史の金字塔『神雷部隊始末記』の著者 Kさまと初めて親しくお話しさせていただきました。
■ ガンカメラ映像による戦史発掘で知られる「宇佐市塾」(大分県中津市)の方から松山基地銃撃未公開映像を
  見せていただきました。
■ 「零戦里帰りプロジェクト」のYさまから現状をお聞きしました。


三沢空偵察員、天野さんと

【 左 】
宴会の翌朝 「三沢空」天野さま宅を訪問させていただきました。
右上のパネルにご注目。

昭和17年8月8日のガ島雷撃を生き抜かれ、今年で94歳になられる天野さま曰く・・・
『100歳は通過点、わしは120まで生きるよ。あんたも長生きしなされや 』

参りました <(_ _)>
私のほうが先に逝ってしまいそうです(笑)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


【 松山番外編  愛媛県立 松山商業訪問 】


さて、以下は戦史とは全く関係のない「球史」の話です。

実はわたくし、自称「超高校野球ファン」でして、甲子園には過去数えきれないほど観戦に行っております。その記念すべき観戦第1回目が昭和44年夏の決勝「松山商-三沢」(延長18回引き分け)だったわけで、まぁ 松山商とは縁があるのですね。ということで、松山に来たら松山商業を訪れる。これは私にとって必然なのです。

土曜日でしたので「野球部練習してるかなぁ?」などと考えながら勝山町で市電を降りて学校へ向かいましたが、なんと年1回の文化祭「商神祭」の最中でごった返しておりました。しかも、圧倒的に女子生徒が多い! どうしよう・・・ 校門前で躊躇していますと、先生らしき方が「どうぞ」と招き入れてくれました。これ幸いとばかりに入り込み、ついでに野球部関係展示物の案内までしていただきました。先生、感謝しております。


▲ 【左】 栄光の伝統を誇る野球部  【右】 78回夏決勝での矢野選手「奇跡のバックホーム」 これは凄かった!

▲ 【左】 大会記録「11連続安打」を含め猛打をふるった68回夏大会の記念碑 【右】 全国制覇した51回夏の切り抜き集



甲子園出場42回、優勝7回(夏5回、春2回)を誇る古豪・松山商業ですから、練習グラウンドは別の場所にあるのかと思いきや、さにあらず。実は学校の中にあるのです。校庭がそのまま野球グラウンドとなっておりまして、野球部以外の運動部のほうが校外で練習しているとのこと。今回は文化祭でしたので練習は無く、グラウンドも臨時駐車場と化しておりましたが、内野エリアだけはフエンスで保護されておりました。さすがですな。 しかし、練習見たかったな。


最近は今治西、済美などに押されて甲子園から遠ざかっておりますが、戦前から積み重なるその伝統は偉大そのもの。
必ずや復活して甲子園でまた素晴らしい野球を見せてくれることでしょう。

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