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新作発売は6月12日(木)です  2014/06/06


「ラバウル戦闘機隊Tシャツ」の発売は来週木曜日、6月12日を予定しております。
どうかよろしくお願いいたします <(_ _)>


ラバウル戦闘機隊Tシャツの発売は6月12日です




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今回の制作に当って相当数の資料・文献などを読んだのですが、
ソロモン航空戦の“凄まじさ”をほんの少しだけ理解できたような気がいたします。


零戦隊は個々の空戦では連合軍戦闘機とほぼ互角の戦いをしていたにもかかわらず、
日本軍は戦略的敗北を重ねて後退を余儀なくされました。


い号作戦の山本長官

▲ 「い」号作戦初日の昭和18年4月7日、零戦隊を見送る山本長官
  同作戦以降の長官の戦略は果たしてどのようなものだったのか?


充分な後方支援体制が築けず、限られた隊員・機材で戦わざるを得ないラバウル航空隊に対し、
連合軍側が物量的に勝っていたことは明白なのですが・・・
飛行艇、小艦艇、潜水艦を大量動員したパイロット救助体制、
一定期間毎にパイロットを交代して後送休養させるシステム、などなど、
戦争に対する合理的思考においても日本軍を凌駕していました。
( これも「物量差」と言ってしまえばそれまでですが )


兵器能力にも差がありましたが、決定的だったのは「防禦」に対する考え方でしょう。
例えば、日本側の主要打撃兵力だった一式陸攻がその脆弱な防御ゆえに敵戦闘機の好餌となったのに対し、
零戦が防禦火網・防弾力に優れた B−17、B−24 を撃墜するのは文字通り「至難の業」でした。



「 九九式棺桶 」  「 一式ライター 」

「 ラバウルじゃあ命は10日間だよ 」

「 ラバウルのパイロットは、死ななきゃ内地へ帰れない 」



限りなく劣悪な環境下で奮闘された搭乗員のみなさまには感謝と畏敬の念しかありません。



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