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ラバウル戦闘機隊Tシャツ デザイン機解説  6空  瑞鶴 戦闘機隊  2014/05/22


本日の「ラバウル戦闘機隊Tシャツ」デザイン解説は、6空と「瑞鶴」戦闘機隊です。
これでようやく10機目ですが、全部で22機ですので・・・まだ半分にも達しておりません (- _ -;)
今後もこの調子で続きますので、どうか温かい目?で見守ってくださいませ。




6空 零戦32型










第6航空隊 は昭和17年4月1日、木更津で編成された艦戦隊(定数:艦戦60、陸偵8)です。飛練教程修了直後の実戦未経験者が主体で、これに台南空、3空など南方からの帰還搭乗員が加わりました。

昭和17年6月、ミッドウェイ作戦に参加し、ミッドウェイ島攻略後の展開部隊として6空の零戦21機が「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」に分乗します。一方、アリューシャンを陽動攻撃する空母「隼鷹」には先任分隊長・宮野善治郎大尉の率いる零戦12機が搭載され、隼鷹艦戦隊とともにダッチハーバーを攻撃しました。しかし、空母4隻を失う敗北によって6空はほぼ全ての機材を喪失、再び木更津で戦力再建に入ります。

2ヵ月後の8月、米軍のガ島上陸によりソロモン海空戦が始まると、6空の南東方面投入が決定されます。
練度不足の搭乗員が多かったため進出は2段階に分けられ、まず古参搭乗員による先発隊18機が8月21日に空路ラバウルへ進出、9月以降現地での作戦に参加しました。その後10月7日に宮野大尉率いる本隊27機がラバウルへ進出、結集を完了した6空はブーゲンビル島南端に完成したブイン基地へ全力進出してソロモン航空戦に突入していきます。

昭和17年11月1日付の改編により6空は204空と改称され、引き続き南東方面の航空作戦に当りました。

【 左 】 宮野善治郎 中佐
大阪府出身、海兵65期、飛行学生32期。
12空を経て大東亜戦争直前に3空分隊長となり、開戦当日のルソン島侵攻で初撃墜を記録。蘭印作戦終了とともに新編の6空分隊長に転じてミッドウェイ作戦に参加し、昭和17年10月、6空とともにラバウルへ進出。204空へ改称以後も分隊長、飛行隊長として航空消耗戦の陣頭に立った。昭和18年6月16日、ルンガ沖船団攻撃の際、艦爆隊護衛中に敵戦闘機と乱戦となり行方不明となる。全軍布告、二階級特進で海軍中佐に進級。
人格・技術共に卓越した指揮官として知られ、最近では神立尚紀氏の緻密な取材による伝記小説 『 零戦隊長 二〇四空飛行隊長 宮野善治郎の生涯 』 (2011年、光人社)でその誠実・剛健な人柄を知ることができます。

【 デザイン機解説 】
6空の零戦32型「U−138」の塗装図(※)を参考にいたしました。「U」は6空の部隊符号。6空ラバウル進出時の主要装備機は2号零戦(32型)と伝え られますが、21型も多数混在していたと思われます。
(※) 『 日本海軍戦闘機隊 』 (2010年、大日本絵画)171頁




瑞鶴 零戦21型





ミッドウェイ海戦後、昭和17年7月14日の改編で再建機動部隊「第3艦隊」が編成され、空母「瑞鶴」は「翔鶴」「瑞鳳」とともに第1航空戦隊を構成しました( ※ 第2航空戦隊は「飛鷹」「隼鷹」「龍驤」)しかし、この新機動部隊の飛行機隊も、1か月後に勃発したソロモン海空戦に呑み込まれていくことになります。ソロモン方面における「瑞鶴」戦闘機隊の主要作戦は以下の通り。基地航空部隊同様、消耗・再建を繰り返す苦闘の連続でした。

● 昭和17年8月24日 : 第2次ソロモン海戦 に参加 ● 8月28日〜9月4日 : 「翔鶴」「瑞鳳」戦闘機隊とともに30機でブカに進出、ガ島攻撃に参加 ● 10月26日 : 南太平洋海戦 に参加( 多数の搭乗員を喪失。1航戦旗艦「翔鶴」大破)→ 内地帰投 ● 昭和18年1月29日〜2月中旬 : 戦闘機隊30機ブインに進出、ガ島上空制空に出撃して撤退作戦を支援 ● 4月2〜18日 : 1、2航戦飛行機隊「い」号作戦参加 ( 瑞鶴戦闘機隊の戦果:撃墜13機、喪失3機 )→ 内地帰還 ● 11月1〜13日 : 「翔鶴」「瑞鳳」飛行機隊とともにラバウル進出、「ろ」号作戦参加 ( 2週間の戦闘で1航戦は約半数の搭乗員を喪失 ) ● ろ号作戦後、一部が瑞鶴派遣隊としてラバウルに残留、翌19年1月まで奮戦。

【 左 】 昭和18年1月、ラバウル東飛行場に進出した「瑞鶴」零戦21型の列線
同隊はこの後ブインに前進、3次に渡るガ島制空に出撃して撤退作戦を支援しました。2本の胴体白帯のうち前1本を消した跡が見られ、これは前年の南太平洋海戦で1番艦「翔鶴」が戦線離脱したことにより、瑞鶴が1番艦に繰り上がったための応急処置と言われています。

【 デザイン機解説 】
上の画像や塗装図(※)などを参考に、昭和18年1月、ガ島撤退作戦支援のためラバウルへ進出した「瑞鶴」
零戦21型
をデザインしました。胴体帯の“消し跡”はお世辞にも上手く表現できたとは言えませんが、雰囲気だけでも感じていただければ幸いです。尾翼符号「AI−I」は第1航空戦隊1番艦を示し、それに続く機番号「102」は私の気まぐれによるものですので根拠はありません。
(※)『 零式艦上戦闘機 永遠の名戦闘機ゼロファイターの全貌 』( 2013年、「丸」編集部・潮書房光人社 )37頁






ラバウル戦闘機隊Tシャツ

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