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ラバウル戦闘機隊Tシャツ デザイン機解説 \藝亢 ■感  2014/05/18


零戦を中心に戦闘機22機をデザインした「ラバウル戦闘機隊Tシャツ」ですが、
印刷工場に入っている間に各デザイン機および部隊の解説などご紹介していきたいと思います。



千歳空 96式艦戦

千歳航空隊 は陸攻・艦戦の混成部隊として昭和14年10月、
北海道・千歳で開隊しました。昭和16年に入り第4艦隊24航戦に編入され、10月以降、対米戦に備え内南洋へ進出します。マーシャル諸島ルオット島(クェゼリン環礁)を本拠に、タロア島(マロエラップ環礁)、トラック島へ分遣隊を送りましたが、当時の最新鋭機・零戦は空母部隊および3空、台南空など主力侵攻部隊へ優先配備されていたため、千歳空艦戦隊の装備機はすべて96式艦戦でした。

なお、トラック派遣隊(岡本晴年大尉指揮、96式艦戦1個中隊)には、実戦未経験の西澤廣義一飛曹が含まれています。

大東亜戦争が始まると、千歳空陸攻隊はウェーク島爆撃を開始しますが、戦闘機隊は航続距離不足のためこれに随伴できず、基地上空哨戒に回りました。一方、トラック派遣の1個分隊は昭和17年1月31日、占領直後のラバウルへ前進、先着していた3空・台南空抽出のペリリュー派遣隊(パラオ防空の後ラバウルへ進出した96式艦戦1個中隊。指揮官:河合四郎大尉 )と合流し、直ちに基地上空哨戒を開始します。

そして2月3日、初戦果がもたらされます。この日の夜20時半頃、夜間爆撃に来襲した双発飛行艇数機に対して緊急発進した96艦戦2機は暗夜の中で果敢に邀撃し、撃墜1機、不確実1機を報告しました。撃墜者は西澤一飛曹、大エースの初撃墜はラバウル上空、96式艦戦によって記録されたのでした。その後零戦への機種変更が進む中、2月10日、在ラバウル千歳空戦闘機隊は新編の4空へ編入されます。


【デザイン機解説】

ラバウル進出直後とされる写真で確認されている千歳空96式4号艦戦「S-123」の塗装図(※)などを参考にいたしました。「S」は千歳空の識別記号、ラバウル進出時も尾翼周辺の保安塗装は戦前通常色(赤)のままだったとも言われています。
(※) 『 モデルアート / 新版 日本海軍機の塗装とマーキング 戦闘機編 』(1998年、モデルアート社)149頁


なお、マーシャルの千歳空本隊(陸攻隊・艦戦隊)は同方面の防空任務を果たしながら、戦闘が激化する南東方面へ搭乗員を送り出す“錬成部隊”として機能していましたが、17年10月ラバウルへ全力進出した陸攻隊は1カ月弱の戦闘で消耗し、12月に本土帰還となります。一方、戦闘機隊は昭和17年12月、内南洋にあった752空(旧1空)戦闘機隊を吸収して201空を編成、翌昭和18年3月に内地帰還するまで殆ど戦闘は無く、ウェーク島、マーシャル諸島で再編訓練に励みました。201空のラバウル進出は約4か月後の昭和18年7月になります。



4空 零戦21型

第4航空隊 は昭和17年2月10日付でトラックにて編成された陸攻・艦戦の混成部隊です。 陸攻隊は1空、千歳空、高雄空より各1個中隊を抽出して編成し、2月中旬よりラバウル西飛行場(ブナカナウ)へ進出を開始します。 艦戦隊はラバウルの千歳空戦闘機隊がそのまま編入されました。

その後、4空戦闘機隊は陸攻隊と共にポートモレスビー攻撃を繰り返し、3月上旬に一部がニューギニア東岸のラエに進出、3月14日には豪州東北端のホーン島へ戦爆連合攻撃をかけています。

4月1日付で4空は陸攻のみの航空隊へ改編され、4空戦闘機隊は間もなく進出してくる台南空へ編入されることとなります。

【デザイン機解説】

昭和17年4月、ラバウルにおける西澤廣義一飛曹の乗機とされる零戦21型「F-108」の塗装図(※)を参考にしています。「F」は4空の識別記号です。
(※) 『 日本海軍戦闘機隊2 エース列伝 』(2011年、大日本絵画)28頁





ラバウル戦闘機隊Tシャツ

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