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みなさま良いお年を  2013/12/31

今年も残すところあと1日となりました。

デザインのプロと言うにはほど遠い私の作品をご購入いただいたみなさま、
そして、コメント、メール、手紙、葉書、電話などでご意見・アドバイスしてくださったみなさま、
本当に感謝しております。ありがとうございました <(_ _)><(_ _)>
お蔭様で来年も「Osabetty's」をなんとか続けていくことが出来そうです。



さて、歳末の話題と言えば 安倍首相の靖国神社参拝 です。
年末ご挨拶の後に述べるのも変なのですが、
私が感じる"素朴な疑問"についてお話させていただきましょう。


朝日新聞、中国、韓国の主張は概ね
「A級戦犯を祀る靖国神社への国家代表者(首相)の参拝は、日本の過去の戦争責任を否定するすものだ。」
といった調子であり、その根拠が東京裁判によって確定された「A級戦犯」にあることは明白です。

ここで毎度話題となるのは日本が独立を回復した 「 サンフランシスコ平和条約 」 第11条 内に明記されている
ある一文の解釈問題です。即ち、同条約文中の 『 Japan accepts the judgments ・・・ 』 をどう解するかでありまして、
皆様ご存知のように以下の2説を中心に論争・非難合戦が延々と続いております。

1、 「judgments = 裁判 」

「日本は東京裁判を受諾する」と訳し、日本は東京裁判の“すべて”すなわち判決はもちろん、その理念、価値観や思想すべてを受け入れる、という解釈。つまり、日本は満州事変以来一貫して侵略戦争を遂行したと認めたことになる。同解釈を広めたのは主に朝日新聞で、これに着目した中国が反日根拠の一つとして活用するに至ったと思われる。 ※ 外務省による日本語訳には「裁判」と表記されている。

2、 「judgments = 諸判決」

「日本は東京裁判の諸判決(又は判決)を受諾する」と訳し、日本は東京裁判の「判決」を受け入れる、それ以上でも以下でもなく、同条項は東京裁判の理念・思想に関してはなんら拘束力を有するものではない〜という捉え方。国内外を問わず、多くの法学者が支持する解釈で、渡部昇一氏、桜井よしこ氏なども近い説を唱えていたと記憶している。


「受託したのは裁判だ」 「いや判決だ」 といった論議を見聞きするとき、私はいつも素朴な疑問を感じてしまいます。


そもそも、
人類が紛争解決の一手段として発達させてきた司法手続き(裁判)というものに
一国(または複数国)の一時期および一時代の歴史認識や歴史観を確定・拘束するといった神のような権限が付与されているのだろうか?


私は法学者ではありませんので専門的な理屈は解らないのですが・・・

「普通」に考えれば、司法にそこまでの権限は許されていない、と考えるのが人間社会の常識ではないでしょうか?
いわゆる「歴史認識」は、各国家、各個人により異なるのが当然ですから、いかなる裁判といえども、一国の(それも他国の)歴史認識を「確定する」などという決定は下せないはずです。なぜなら、それは人間の基本的人権(言論、思想の自由)に反する非文明的行為であると同時に、歴史への冒涜でもあるからです。
ということで、私個人的には、上述の「 裁判 or 判決 」論議はほぼ無意味に思えてしまうのです。

とは言うものの、なにぶん私は法律素人ですので・・・
この点に関して専門家の方々のご意見・ご教授を是非伺ってみたいところです。



それではみなさま、良いお年を!




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