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日本の「ティーガー機徑入計画  2010/07/21

2次大戦時、日本陸軍がドイツから重戦車「ティーガー機廚鰺入する計画を立てていた話は
近代戦史の好きな方なら皆さんご存知のことと思います。

1943年(昭和18年)、駐独大使・大島浩(元陸軍中将)がドイツ陸軍兵器局と交渉し、
同年
10月、「ティーガー機弯径ぜ嵶1台(8.8cm
砲弾、機銃弾、無線機、光学装置、整備工具など含む)と
設計図一式および組立説明図を
645,000
ライヒスマルクで購入することが決定されました。
日本側は国策会社「昭和通商」を通じて代金を支払いましたが(ヘンシェル社による入金確認は1944228
日)
戦況悪化で輸送不可能となったため、この日本向けティーガーはドイツ陸軍が貸与という形で使用することとなり、
結局ベルギーで編成中だった「第
101 SS
重戦車大隊」へ供給されました。

ティーガー輸入計画

上の画像は結構有名な写真でして、『ティーガー重戦車 パーフェクトバイブル』(学習研究社発行)にも掲載されていましたが、戦史研究家・白石光氏によるキャプションは
1943年の冬、ティーガー気鮓(する2名の日本陸軍士官。撮影場所は不明。』となっております。

右側の人物は大島大使本人という説もあるようなのですが・・・どうなんでしょか?

実際に大島大使はロシア北部戦線に502重戦車大隊を訪問しティーガーを実地確認しているのですが、
これは
194367日と記録されていますので、このキャプションとは合わないんですね。

この2人は一体誰なのか?こんな事が気になってしょーがない自分が情けないです。(笑)


さて、話を日本向けティーガーに戻しまして

これが仮に日本へ無事到着していたとしたら、どうなったでしょうか?

技術的革新性はそう高くないティーガーではありますが、やはり当時の日本の工業力じゃ「大量生産」は不可能だったでしょう。エンジン、変速機、起動輪、誘導輪などなど随所に使われるボールベアリングの均一精度はマネできないだろうし、なによりもまず「砲身」自体が造れなかったと思われます。

ところで、645,000ライヒスマルク(以下RM)というのは・・・一体ナンボやねん?

ということで、色々調べて超概算してみました。

  1941年の対ドイツ為替相場は 1円=0.582RM だったそうで。

  従って当時の日本円では

  645,000RM ÷ 0.582 1,108,247 (約110万円)ということになる。

  そして、現在の消費者物価指数は当時の約2,000倍ということらしいので

  今日の日本円に換算すると

  1,108,247(戦前円) × 2000 = 2,216,494,845 221,650万円!

これが高いのか安いのか?全く判断基準を持ちませんが、
『ティーガー戦車』(W.J.シュピールベルガー著、津久部茂明・訳、富岡吉勝・監修、1998大日本絵画発行)によれば

ヘンシェル社のドイツ陸軍納入価格が300,000RMだったらしいので・・・2倍以上ですね。

しかし、輸送経費等も考慮するとまぁ妥当なのか?
(分解しての潜水艦輸送を検討していたらしいですが定かではありません。)

ちなみに来年より自衛隊が導入する国産戦車「10(ひとまる)式」は初年度で1両約9.5億円だそうです。

有効な「抑止力」の一端となることを、一国民として切に願っております。

自衛隊10型戦車

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