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赤城戦闘機隊Tシャツは9月末発売予定です  2017/09/11

先日印刷所に出向いて色校正を確認してきました。
嬉しいことに全く問題なし!これから本生産に入ります。
9月末には発売できる予定ですので、どうかご期待くださいませ。

赤城戦闘機隊Tシャツ

サイズはいつも通りS〜XXXLのフルカバーとなります。今回は長袖も制作いたしますが、サイズはXXLまでとなります。

空母赤城戦闘機隊Tシャツ 制作報告(6) 印刷工程に入りました  2017/08/26

デザインはすでに印刷所に入っておりますが、最終原稿は以下のようになりました。

記録性を高めるため、日本時間表記(JST=Japan Standard Time)と攻撃隊の発艦位置を追加しています。

1941年12月8日 日本時間 午前01:30、オアフ島北西 420km 地点

赤城戦闘機隊Tシャツ背面デザイン

空母赤城戦闘機隊Tシャツ 制作報告(5) デザイン完成  2017/08/20

よ〜〜うやくデザインが完成いたしました。
来週前半には印刷所に入れる予定ですが、例によってイメージ通りに印刷再現できる保証はありませんので・・・
これから1か月は色味調整の戦いになります。

赤城戦闘機隊Tシャツ

▲ 昭和16年12月8日未明、空母赤城艦上。
第一次攻撃隊の先陣を切って発艦する制空隊総指揮官・板谷茂少佐機(AI-155)を見送る兵員たち。後方の零戦は左から平野崟(たかし)一飛曹機(2番機:AI-154)、岩間品次一飛曹機(3番機)を想定して描いています。平野一飛曹は真珠湾で撃墜され、赤城の第一波制空隊 唯一の未帰還機となりました。米軍写真にその残骸の詳細を見ることができます。

赤城戦闘機隊Tシャツ

赤城戦闘機隊Tシャツ



前面は
零戦ロゴと飛行科徽章(青色)のシンプルなワンポイントとしました。右袖には平野一飛曹機のデータプレートを史料を元に再現デザインしています。

赤城戦闘機隊Tシャツ



Tシャツカラーは
白またはナチュラルホワイトを想定しています。黒やネイビーなど濃色系も検討しましたが、イメージが著しく変化(劣化)してしまうため、ほぼ断念せざるをえない状況です ○| ̄|_

赤城戦闘機隊Tシャツ

伊四〇〇と晴嵐の貴重な記録、復刊なる  2017/08/06

「伊400&晴嵐」研究書の金字塔として名高い『 伊四〇〇と晴嵐 全記録 』がついに復刊されることとなりました。
同書は学研からの初版(2007年)以来ながく絶版状態が続き、ネット上で中古本が高騰していたのですが、昨今の潜水空母ブームを受けて双葉社より「伊四〇〇と晴嵐全記録 / 改訂増補版」として発刊される運びとなったそうです。発売日は8月9日。日本語版著者は 343空研究書の決定版『源田の剣』(双葉社)で名高い歴史作家・高木晃治先生です。

「伊四〇〇と晴嵐 全記録」改訂増補版

▲ 今回の改訂増補版には、2008年に呉で新発見された伊四〇〇潜の設計図が折込カラーで収録されています。伊四〇〇と晴嵐にご興味のある方は是非お確かめくださいませ。

■ ただ今amazonで予約受付中です。

空母赤城戦闘機隊Tシャツ 制作報告(4) 2017/08/05

悪戦苦闘が続く人員配置作業ですが、ようやくあと少しまで辿りつきました (´ヘ`;)
現在の人員数は当初予想をはるかに上回る46名。残るは後方零戦2機の車輪止めを押さえている整備員4名です。


空母赤城戦闘機隊Tシャツ

▲ 飛行甲板手前左側の兵員は 直前まで1番機の右車輪止めを押さえていた機付整備員で、右舷ポケットへ退避中。艦橋の面々は・・・下から発着艦指揮官掌飛行長ほか、その上の羅針艦橋に司令官(南雲中将)参謀連です。甲板中央に立つ兵員は発着甲板指揮官で、赤白旗と懐中電灯を保持、艦橋の発着艦指揮官を見ています。下部の英文ヘッドコピーには真珠湾攻撃・第一次攻撃隊の発艦日時(日本時間)を入れました。


空母赤城戦闘機隊Tシャツ


実際にはもっと多くの人員が飛行甲板に出ていたと思われますし、直下の格納庫では同時並行で第二次攻撃隊の準備が喧騒とともに進められていたはずです。私が表現したいイメージは・・・ 様々な人々に支えられ、その期待を一身に背負って今まさに飛び立たんとする精鋭部隊の雄姿 です。従って、出来る限り多くの兵員を描きたいのですが、Tシャツデザインとしてはこのあたりが限界でしょう。

空母赤城戦闘機隊Tシャツ、人員配備が進んでいます 2017/07/29

ようやく人員配置が半分ほど完了しました。
白服の整備員を目立たせるため 背景に朝焼けのグラデーションを入れましたが、これによりシルクスクリーン印刷は放棄ということになります。まぁ、仕方がないですね。

空母赤城戦闘機隊Tシャツ

空母赤城戦闘機隊Tシャツ



今後描き加える人員は・・・
後方「零戦」2機の搭乗員と車輪止めを押さえている機付整備員4名、羅針艦橋に参謀などお偉いさん2〜3名、露天艦橋に2〜3名、信号所付近に4〜5名、さらに手前の待避所から帽を振る整備員2〜3名、といったところでしょうか。

今のところ、背面イメージは以下のような感じです。

空母赤城戦闘機隊Tシャツ

空母赤城戦闘機隊Tシャツ 制作報告(2) 2017/07/22

取りあえず、描きやすい零戦21型を3機配置しました。ここまではイメージ通りです。


空母赤城戦闘機隊Tシャツ

▲ 昭和16年12月8日、第一次攻撃隊発艦開始!
滑走開始直後の1番機は第一次攻撃隊・制空隊指揮官、板谷少佐の「AI-155」。すでに尾輪が浮き上がっています。信号マストに翻るのは上から「中将旗」「戦闘旗」「艦旗」、旗旒信号は上から「艦所名区別旗:艦隊」、「J」、「D」、「G」と続きます。第一次攻撃隊発艦時、第一航空艦隊・旗艦「赤城」にはZ旗が掲揚されたと伝えられますが、実際にはZ旗の代わりに「DG旗」(D→Gの順に並べて掲揚、Z旗と同意味で用いられる)を使用していたと推測されているようです。



さて、明日からはいよいよ人員配置にかかります。
まずは、後方に控える零戦2機の車輪止めを抑える機付整備員4名を描こうと思いますが・・・すでに問題が発覚しております。整備員の服装は「白」なのですが、背景色も「白」なのです。
なんとか工夫しなければ (´∧`;)

空母赤城戦闘機隊Tシャツ 制作報告(1) 2017/07/20

暑中お見舞い申し上げます。

数日前、あるお客様からお電話をいただきました。

「赤城戦闘機隊Tシャツ、完成しましたか?」

・・・ <(_ _)> 誠に申し訳ございません。
現在、背面デザインの「背景」が完成に近づきつつありますが、全体の進捗率としてはまだ20%といったところです。


空母赤城戦闘機隊Tシャツ

▲ 【背面デザインの背景
真珠湾攻撃 「第一次攻撃隊」 発艦時の空母赤城をイメージ。右舷側避難ポケットにいる整備員の視点で描きました。


この舞台に主役たちを描き込んでゆくわけですが、役者?の数がめちゃくちゃ多いのが悩みの種です。

まず零戦21型は発艦開始直後の1番機を含めて4機、最低でも3機は必要ですが、この作業はさほど気になりません。

次に人員ですが・・・これが誠におぞましい(^^;
機付整備員、搭乗員、発着甲板指揮官、発着艦指揮官、艦橋各フロア上の要員に加え、帽振れで見送る多数の手空き兵員などなど・・・ざっと見積もって25〜30名ほど描かねばならない。今回はシルクスクリーン印刷を想定しているため使えるカラーは4色のみ、しかも全体サイズからみて人間一人の実寸は約1センチとかなり小さくなる。ちょっと気が遠くなりそうですが、全体として雰囲気が出せればTシャツデザインに成りうると考えています。

今年も快晴だった慰霊祭

先日の予科練戦没者慰霊祭は日差しまばゆい快晴の元で挙行されました。今年で4回目ですが、すべて快晴。私の中では「予科練慰霊祭=暑い」の法則が確立されつつあります。そして「遺書朗読」では、今年もまた泣いてしまいました。身内に戦没者はいないのですが。 「俺は泣かんぞ」 周囲からすすり泣きが漏れ聞こえる中、必死に頑張るのですが・・・毎回徒労に終わります (T﹏T)

第50回予科練戦没者慰霊祭

さて、今年も関東在住の戦史研究家さま方や戦没者ご遺族さまと会うことができました。特に嬉しかったのは 昨年知り合った茨城県の戦史研究家さまとの再会で、慰霊祭終了後、土浦の喫茶店で4時間(!)に渡って戦史談義をさせていただくこととなりました。元々この方とは「南太平洋海戦」が縁で繋がったのですが、今回の主な話題は「特攻」です。
二度と繰り返してはならない特攻ですが、その「気運」は陸海軍のどの部署で、いつ頃から萌芽していたのか?そして如何にして計画・実施へと移されていったのか?特攻といえば大西中将が有名ですが、彼が「海軍特攻 生みの親」であったかといえば、それは正鵠を得ていません。大西中将は海軍で最終的に引き金を引いた人物に過ぎず、当然それまでに一定の醸成・準備期間が存在するのです。すでにマリアナ沖海戦以前から必死必殺兵器構想が軍部内に散在していたことなどを考えますと、これはかなり深遠なテーマでして、日本組織の責任所在不明確性や日本人独特の滅私奉公気質なども考慮に入れつつ 慎重に考察しなければならないでしょう。

今年も慰霊祭に行ってきます  2017/05/27

明日5月28日(日)、「第50回豫科練戦没者慰霊祭」に参加すべく霞ヶ浦へ行ってまいります。
大東亜戦争における海軍航空隊搭乗員の中核はまぎれもなく予科練出身の若者たちでした。国家・国民・家族を護らんと自ら志願して国難に立ち向かった少年たちの決意を思う時、ただただ感謝の念しかありません。大阪からは遠いため毎回悩む(予算的にも)のですが、結局今年も参加させえていただくことにしました。しっかり感謝の祈りを捧げてきたいと思います。

昨年より一般参加OK(無料)となっておりますので、関東在住で海軍航空隊搭乗員にご興味のある方は一度お出掛けになってみてはいかがでしょうか。慰霊祭会場に建つ「雄翔館」では予科練戦没者関連の貴重な展示品などを見ることが出来ますし、当日は隣接する「予科練平和記念館」が無料開放されますのでちょっぴりお得でもあります(^^

【 第50回記念豫科練戦没者慰霊祭 】

■ 主催 : 公益財団法人「海原会」
  ※ 海原会は予科練出身戦没者の慰霊顕彰と遺書・遺品などを管理しています。
■ 日時 : 平成29年5月28日 午前10時半〜14時頃まで
■ 場所 : 陸上自衛隊武器学校内「雄翔園」(茨城県稲敷郡阿見町青宿121) 
■ 受付場所 : 当日午前9時から、「予科練平和記念館」側通用門前天幕

 ▲ 一昨年度慰霊祭の様子です。右は「予科練平和記念館」の零戦21型 実物大模型

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