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戦艦「大和」の沖縄特攻を見送る零式水上観測機 / コットンTシャツ



最後の直衛機 「大和ノゴ成功ヲ祈リマス」


1945年(昭和20年)4月6日、日本海軍最後の水上部隊として 戦艦「大和」、軽巡洋艦「矢矧」と駆逐艦8隻からなる海上特攻隊(第1遊撃部隊=1YB)が徳山沖を出撃。沖縄突入を目指しました。

【 構 図 】 4月7日午前10時頃、海上特攻隊の前路対潜哨戒任務を終え、バンクしながら
大和を見送る零式水上観測機(951空 指宿派遣隊)の姿を想像で描いています。
早朝6時過ぎより上空を直掩していた第5航空艦隊の零戦隊は10時前に帰投しており、この零式水上観測機が 最後の直衛機 と言われています。

 
航空援護無しとなった直後の10時17分、マーチン PBM飛行艇2機の接触を受け、早くも対空戦闘ラッパが鳴り響きます。その後昼過ぎから3次に渡る空襲を受け、14時23分 勇戦むなしく大和は転覆沈没。軽巡「矢矧」ほか駆逐艦4隻も沈没し、連合艦隊司令部は作戦中止を発令します。

 


【 こだわりポイント解説 】

出来る限り史実に沿った作品とするため、当デザインには多くの「こだわり」があります。文章では長くなりますので
簡単なFLASHにいたしました。錨のアイコンにカーソルを載せていただくと解説が表示されます。


オープンエンド系のざっくりした風合いのヘビーウエイトTシャツ。リブはダブルステッチ


■ サイズ : S・M・L・XL・XXL ■ カラー : ナチュラルのみ
■ 使用Tシャツ : クロスステッチOE1116 ■ 素材 : 綿100% 6.2オンス 16/_ 天竺
■ プリント手法 : シルクスクリーン印刷4色


戦艦「大和」の沖縄特攻を見送る零式水上観測機 / コットンTシャツ

価格:

3,160円 (税込)

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【 筒抜けだった大和隊の動向 】


1945年(昭和20年)4月6日15:20、第1遊撃部隊(以下略:1YB)は徳山沖を出撃しますが、わずか5時間後の20:20、豊後水道を抜けて日向灘に入ったあたりで米潜水艦に発見されています。同時刻、1YB側でも駆逐艦「磯風」が潜水艦の艦影発見を報告し、軽巡洋艦「矢矧」は敵潜のあからさまな平文通信を傍受しこれを大和艦橋に流しています。


米軍は瀬戸内海に残存する日本海軍艦艇の動きをコントロールするため、3月末から4月初旬にかけてB29爆撃機による 下関海峡、周防灘、呉、佐世保への大規模な機雷封鎖作戦を実施。このため、瀬戸内海から外海に出る海路は豊後水道しか選択の余地は無く、これは正に米軍のシナリオ通りです。従って豊後水道を集中的に哨戒する敵潜に発見されたのは必然であり、日本側もこの事態は想定内だったでしょう。


1YBを発見・通報したのは潜水艦「スレッドフィン」と「ハルクバック」でしたが、報告を受けた米第5艦隊司令部(司令官:スプルーアンス大将)では1YBが瀬戸内海へ退避することを懸念し、潜水艦による攻撃を禁じる命令を出しています。


一方、空母12隻・搭載航空機896機を擁する ミッチャー中将の「第58任務部隊」は、翌4月7日早朝よりASHレーダー装備のF6Fヘルキャット隊を索敵発進させ、1YBの動向を探っていました。08:22、空母「エセックス」搭載機より日本艦隊発見の報が入ると、距離を詰めるため同部隊は全速で北上を開始します。

そして、1YBとの距離が約450Kmとなった午前10時過ぎ、第1群・第3群の空母9隻より第1次攻撃隊(戦爆連合 計260機)が発進。さらに45分後、第4群の空母3隻より第2次攻撃隊 107機が飛び立ちました。

4月7日当日の天候は雲量10/10の曇天で、1YB首脳の間には“ 大規模な空襲を受ける可能性は低い ”との楽観的な展望もあったようですが、米軍機の一部は対水上レーダーを装備しており、天候に関係なく目標を補足する能力を保有していました。12:25 レーダー搭載機が1YBを探知、この情報を元に進路を修正した大編隊は4分後、日本艦隊上空に殺到することになります。

※ 1YBの予定航路には作戦上3つのルートが立案されており、実際に使われたのは「第2航路」でした。
沖縄最短ルートの「第1航路」をなぜ取らなかったのでしょうか?真相は未だに不明らしいです。
 



▲ 4月7日午後、米艦載機の攻撃を受ける戦艦「大和」。
後部副砲あたりから激しく煙が上がっている。
第2主砲頭上機銃座の存在も確認できる。

 


▲ 同じく4月7日午後、戦艦「大和」(右上)を援護する防空駆逐艦 秋月型の「冬月」または「涼月」。後部砲頭あたりに長砲身10センチ高角砲発射の閃光が見える。
レイモンド A.スプルーアンス
  大将

米第5艦隊指揮官。
ミッドウェイ、マリアナ沖海戦で
決定的勝利を収めた。戦後は
在日海軍司令官などを歴任。
マーク A.ミッチャー中将
1944年3月、高速空母機動部隊指揮官となる。
ハルゼー大将の第3艦隊下では「第38任務部隊」、スプルーアンス大将の第5艦隊下では「第58任務部隊」として作戦し、日本海軍を追い詰めた立役者。戦後1946年大将昇進。

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